東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)21号 判決
原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。
1 その1の主張について
(一) 原告は、出願当初明細書における登録請求の範囲から「断熱層1」を削除することは、当初の考案の構成に欠くことのできない事項の削除であつて、出願当初明細書等の要旨を変更するものであると主張する。
よつて検討するに、出願当初明細書等の記載が原告主張のとおりであつたことは当事者間に争いがなく、補正明細書等において補正された事項が原告主張のとおりであることは被告において明らかに争わないところである。
右の事実関係によれば、補正明細書等による補正の内容は、出願当初明細書等に対して、考案の目的に関し、「給油時における地下タンク内の空気の円滑な排出の目的」(以下、「給油円滑の目的」という。)を付け加え、作用効果に関し、「外面に断熱層1を有することにより、カバー本体2に断熱作用をもたせ、カバー本体2内を常温以下にして、上昇したガス及び噴霧状態のガソリンを液化せしめ、ガス、ガソリンの飛散を防止する効果」(以下「液化による飛散防止の効果」という。)を削除すると共に、「排気口においては有効排出面積が大となり、タンクローリー車から極めて円滑に給油作業を行なうことができ、防火体3がカバー本体2内に位置するため、空中の塵埃により目詰りすることがなく、機能が常時保持できる効果」(以下「給油円滑の効果」と「目詰り防止の効果」という。)を新たに加え、構成に関し、「逆コツプ状カバー本体2」についての「外面に断熱層1を有する要件」(以下「断熱要件」という。)を削除するものである。
すなわち、補正明細書の登録請求の範囲に記載された技術的事項のうち、補正を受けたものは、「逆コツプ状カバー本体2」(前者)と「逆コツプ状防火体3」(後者)とに関するものであつて、前者においては、「断熱要件」と「液化による飛散防止の効果」が削除され、「給油円滑の効果」と「目詰り防止の効果」が追加されて、構成上と作用効果上との補正がなされ、後者においては、「給油円滑の目的」と「給油円滑の効果」「目詰り防止の効果」とが追加されて、目的上と作用効果上の補正がされているものである。
そこで、右の両者に関する技術的事項が、出願当初明細書等において、どのように記載されていたかを検討する。
(「逆コツプ状カバー本体2」)
成立に争いのない甲第三号証と前掲の補正の内容によれば、出願当初明細書等においては、「逆コツプ状カバー本体2」に関して、「ガス化上昇したガソリンが無制限に拡散することを防止する目的」(以下「拡散防止の目的」という。)と「地下タンクAより気化上昇したガソリンは排気パイプBを経てその上端開口部より断熱作用を有する逆コツプ状カバー本体2の内部に侵入し、同カバー内面に接する結果、常温以下になるため、約半分は液化し、ガスの無制限な四方への放散を阻止できる効果」(以下「ガス放散阻止の効果」という。)とを期待しており、この「ガス放散阻止の効果」は、従来例の傘状の受板と対比するとき、「逆コツプ状カバー本体2」の「形状による放散阻止の効果」と、前記した「液化による飛散防止の効果」とから成ることが認められる。(補正によつて「断熱要件」を削除した後も、ガスの分散を制限して排出できるのは、「形状による放散阻止の効果」が依然として残つているからである。)
そして、右の両効果のうち、「液化による飛散防止の効果」については「断熱要件」の存在を必須要件とするものであるが、「形状による放散阻止の効果」については「断熱要件」の存在を必須要件とするものでないことは明らかである。
また、前掲甲第三号証と前掲の補正の内容によれば、出願当初明細書等においては、「逆コツプ状カバー本体2」に関して、「ガソリン補給時に生じる衝撃圧による霧状となつて噴出するガソリンの四方への飛散を防止する目的」(以下「補給時の飛散防止の目的」という。)と前記「ガス放散阻止の効果」と同じ効果を期待していることが認められる。
ところで、ガソリン補給時の霧状ガソリンの噴出状態について考えると、補給時には霧状ガソリンが多くなり、また、タンクA内の液位が補給につれて上昇するとき、タンクA内の空気は減少して、空間内の霧状ガソリンを含む空気を排出しなければ圧力が上昇し、ガソリンの補給は次第に困難になることは当然の事理である。そのため、タンクA内の空気をその外に排出する必要がある訳であるが、その場合、液位の上昇に見合うだけの排出がされないとタンクA内の空気は次第に加圧され、その噴出物は四方に遠く放散されることとなる反面、充分な排出がされれば加圧は起らず、噴出物は余り遠くに放散されないことになる。
そして、この状態を左右するのは、逆コツプ状防火体3の孔の面積と、逆コツプ状カバー本体2と逆コツプ状防火体3との間の間隙であり、この間隙については、出願当初明細書等(甲第三号証)には、排出を阻止するものとしては記載されていない。また、逆コツプ状防火体3の孔の面積については、構成上、防火体を逆コツプ状と特定することにより、排気パイプBの上端開口部面積に相当する逆コツプ状防火体3の頂面だけではなく、周壁の孔までも利用することができ、「逆コツプ状防火体3」は、その形状において、霧状ガソリンを含む空気の排出に制限を加えないもの、換言すれば、「補給時の飛散防止の目的」にも叶い、「ガス放散阻止の効果」も期待できるものと考えられる。
さらに、前掲甲第三号証と前記補正の内容によれば、出願当初明細書等においては、防火や防水の目的と、「外部に発した火災に対しても炎はカバー内部の逆コツプ状金網体3によつてパイプB、タンクA内に拡がることを阻止でき、更には排気路5が曲廻しているため金網の効果と相乗して風雨による防水、防塵作用をも確実に行なえ、タンク内への不純物の受入を確実に阻止できる効果」とは、「逆コツプ状カバー本体2」と「逆コツプ状防火体3」とに関連を有し、それらの形状(逆コツプ状)とそれらの配置とから期待されるものであることが認められる。
出願当初明細書等における以上のような記載を前提として補正明細書等による補正の内容を検討すると、
(1) 補正によつて付加された「給油円滑の目的」と「給油円滑の効果」とは、「逆コツプ状カバー本体2」と「逆コツプ状防火体3」の両者に関係するもの、特にそれらの形状に関係するものであつて、補正後も依然として残つている「形状による放散防止の効果」については出願当初明細書等に記載のものと格別の変更はない。
そして、「給油円滑の効果」は、「逆コツプ状防火体3」の作用効果を、霧状ガソリンを含む空気の放散の観点からではなくて、給油の観点からみたものであるが、既述のように、「補給時の飛散防止の目的」と「ガス放散阻止の効果」とは、その理由の一つをタンクA内の内圧を上昇させないことに因るものであり、また、タンクA内の圧力が上昇しないことが「給油円滑の効果」をもたらすのであるから、いずれの効果も、ガソリン補給時において、「逆コツプ状防火体3」により期待される効果である。
したがつて、補正によつて付加された「給油円滑の目的」及び「給油円滑の効果」は、出願当初明細書等に記載された事項から自明の範囲内のものというべきである。
(2) 補正によつて「断熱要件」が削除されているが、これを削除しても、「逆コツプ状カバー本体2」により奏するものとされていた効果の一つである「液化による飛散防止の効果」を削除して、もう一つの効果である「形状による放散阻止の効果」を残しているだけのことである。
原告は、出願当初明細書等において、「ガス拡散防止の目的」及び「補給時の飛散防止の目的」達成のためには、「液化による飛散防止の効果」を期待できるものでなければならないから、「断熱要件」は必須の構成であつて、これを削除することは当初の考案に欠くことのできない構成の削除である旨主張するけれども、右の両目的を達成するには、「液化による飛散防止の効果」を期待できるものだけではなくて、「形状による放散阻止の効果」を期待できるものであつても可能なのであるから、後者の観点からみれば「断熱要件」は必ずしも必須の構成といえないのであり、「断熱要件」を削除しても格別目的が変更されたとすべきものでもないのであるから、結局、右の削除による補正は出願当初明細書等に記載された事項の範囲内のものというべく、原告の主張は理由がない。
(3) なお、補正によつて付加された「目詰り防止の効果」は、出願当初明細書等に記載されていた防塵作用を言い換えただけのものであるから、出願当初明細書等に記載された事項の範囲内のものであることは明らかである。
(二) 原告は、出願当初明細書等に、「ガソリン補給時に生ずる衝撃圧により霧状となつて噴出するガソリン」と記載されているのは断熱思想に結びつくものであつて、「円滑給油の目的」を暗示するものではないから、審決の判断は誤りであると主張する。
しかしながら、出願当初明細書等における右の記載は「補給時の飛散防止の目的」に対するものであり、この目的を達成するためにはタンク内圧力が異常に上昇しないことが必要で、「逆コツプ状防火体3」がその形状を特定することによつて期待できることは前記(一)の項に既述のとおりである。
そして、タンク内の加圧状態は、「補給時の飛散防止の目的」を達成するとき、すなわち給油作業中に生ずるものであり、給油作業に関連のある「逆コツプ状防火体3」の作用効果を給油作業の観点からもみることは当然のことであつて、「逆コツプ状防火体3」はその形状において「円滑給油の目的」を示唆しているものというべきである。
そうすれば、出願当初明細書等における前記の記載は給油作業中のタンク内空気の排出にも関連していることが明らかであるから、審決の判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。
(三) 原告は、有効排出面積を拡大すれば、ガス、ガソリンをますます拡散、飛散させることになるのであつて、「ガス拡散防止の目的」や「補給時の飛散防止の目的」は達成できない旨主張する。
しかしながら、「逆コツプ状防火体3」のように形状を特定して有効排出面積を拡大することは、「補給時の飛散防止の目的」達成時のようにタンク内の圧力が上昇するときには有意義であつて、格別前記両目的が達成されないものではなく、また、両目的の達成と「円滑給油の目的」達成との間には、給油作業中においてみる限り矛盾はないのであるから、原告の主張は理由がない。
(四) 原告は、出願当初明細書等における技術的思想では、「逆コツプ状防火体3」は単に防火網としての機能しかなく、逆コツプ状と限定して解釈すべきものではない旨主張する。
しかしながら、「補給時の飛散防止の目的」を達成するのに必要とする、タンク内の圧力上昇を制限するという意味において、「逆コツプ状の防火体」と形状を特定することは有意義であり、また、防火や防水の目的においても、「逆コツプ状防火体3」を単に防火網と解すべき理由はないのであつて、原告の主張は理由がない。
(五) 原告は、出願当初明細書等には、「断熱要件」を削除した場合、円滑なる給油作業の提供に役立つ旨の記載はないし、「断熱要件」を除いた図面の記載もないから、「断熱要件」を削除して「円滑給油の目的」に適合するように明細書を統一し補正することは要旨変更であつて、その点の審決の判断には誤りがある旨主張する。
しかしながら、「逆コツプ状カバー本体2」が「ガス拡散防止の目的」や「補給時の飛散防止の目的」を達成できるのは、「形状による放散阻止の効果」や「液化による飛散防止の効果」が期待できるからであつて、「断熱要件」を削除することによつては、「液化による飛散防止の効果」がなくなるだけで、「形状による放散阻止の効果」は依然として存在し、前記の目的は達成できるのである。
また、「円滑給油の目的」は、前述のように、「逆コツプ状防火体3」の形状から期待できるものであつて、「断熱要件」の削除と「円滑給油の目的」の達成とは直接関係がない。
したがつて、「断熱要件」を削除し、それにつれて「液化による飛散防止の効果」を削除し、「円滑給油の目的」に適合するように明細書の記載を統一することは、「逆コツプ状防火体3」の形状が「円滑給油の目的」を示唆しているのであるから、明細書の要旨を変更するものではなく、審決の判断に誤りはないのであつて、原告の主張は理由がない。
(六) 原告は、先願考案の当初の実用新案登録出願につき被告が分割出願をしており、この分割出願に係る考案は原告が出願した本件考案と同一であるから、右分割出願後の残余の考案(すなわち先願考案)と本件考案とが別異の考案であることを被告は自ら認めている、と主張する。
被告が、原告主張のとおりに分割出願をしたことは当事者間に争いがない。
しかしながら、考案の同一性の有無は分割出願がなされたという主観的、手続的事情によつて決定さるべきものではなく、両者の考案についての客観的、実体的事情によつて判断さるべきものであるから、前記分割出願がなされたとの一事をもつて、直ちに本件考案と先願考案とが別異の考案であるとするのは当らない。
(なお、成立に争いのない乙第二号証の一・二によれば、右分割出願はその考案が分割出願日前の出願に係る先願考案と実質上同一の考案であるとの理由で昭和五〇年六月三〇日拒絶査定されていることが認められる。)
(七) 原告は、出願当初明細書等に記載の考案のように、逆コツプ状本体2内でガス、ガソリンを積極的に液化させれば、排気口の直下に液化ガソリンが滴下することになり、危険を解消するよりはむしろ引火のおそれを増大するのであるから、その考案は未完成考案であると主張するけれども、前記(一)の項において既述したように、出願当初明細書等に記載の考案は、「ガス拡散防止の目的」と「補給時の飛散防止の目的」を考案の目的とするもので、その登録請求の範囲に記載の構成により、「ガス放散阻止の効果」、すなわち「形状による放散阻止の効果」と「液化による飛散防止の効果」を期待できるものであるから、これを未完成考案というのは当らない。原告の指摘する、液化ガソリンが滴下することによる危険の増大という事由は、右考案についてみる限り、その完成、未完成とは関係のないことというべきものであるから、原告の主張は理由がない。
2 その2の主張について
原告は、出願当初明細書等に記載の考案が未完成考案であることを前提として、補正が却下さるべきものと主張するけれども、その主張の前提がすでに失当であることは前記1の(七)の項に既述のとおりである。
次に、原告は、被告がなした補正明細書等による補正(昭和四七年二月二一日付)は、原告出願に係る本件考案(昭和四四年六月二五日出願、昭和四六年一一月一七日出願公告)を模倣し、酷似させたものであるから、かかる補正は信義則違反、補正権濫用の法理により違法であり、却下すべきものであつたと主張する。
しかしながら、成立に争いのない乙第一号証、前掲甲第四号証並に弁論の全趣旨によれば、補正明細書等による補正(昭和四七年二月二一日付)は、昭和四五年六月三日付でなされた第一回の補正において、考案の構成要件から「外面に断熱層1を有する」を削除したことに即して、出願当初明細書の記載を整備するため、その目的、効果に関する事項を補正したものであることが認められ、他にこの補正が本件考案を模倣したり、酷似させたものであるとの事実を認めるに足る証拠はないので、原告の主張は理由がない。
3 その3の主張について
原告は、審決には審理不尽の違法、すなわち審判請求人(被告)が本件実用新案登録を無効とすべきものとした無効事由に対し、審判被請求人(原告)がその理由のないことを主張したうちの、<1> 補正明細書等による補正が従前の未完成考案を完成考案としたものであるから右補正は要旨の変更であり、かつ、その補正は却下さるべきであること、<2> 右補正は原告の本件考案の明細書の記載を冒用したものであるから信義則違反、補正権濫用の法理により却下さるべきものであつたこと、の二点について何らの判断を示していないから、審理不尽の違法があると主張する。
しかしながら、審判において原告がその主張するような主張をしていたとの事実を認めるに足る証拠はないので、原告の主張は理由がない。
よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕本件における実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
円筒状の防火網4の下端部を脚部10の上端部に当接し、茸状に設けた通気口本体1の内部に前記防火網4を収納した茸型通気口。